イベントの「ポイ捨てのゴミ」を減らすための対策を考えてみた件

地方・地域の問題

ハロウィンの渋谷と言えば、翌朝の路上に散乱するゴミの山々を思い浮かべる方も多いはず。

渋谷の“ハロウィーンごみ”問題 …「不要になった仮装グッズ」を引きとるボックスが登場
日本でもすっかり定番となった「ハロウィーン」。しかし、ハロウィーンの“名所”となっている渋谷では、すでに27日の夜から翌28日の朝にかけて、渋谷駅周辺に多くの人が集まり軽トラックが横転させられる事件が発生。渋谷区長が「法令を守るように」とコメントを発表するに至るなど、本来の主旨とはかけ離れた“無法地帯”になりつつあるよ...

もちろんハロウィンの渋谷だけではありません。お花見シーズン・花火大会シーズン・クリスマスシーズンになると、全国各地で同様の光景が見られます。

ゴミの多くは食べ物や飲み物のカラ。悪臭や汚れの他、虫やカビの原因にもなる厄介なゴミです。

「イベント後に散乱するゴミを無くすにはどうするべきか?」

今回はこの問題の解決策を考えてみましょう。

そもそもなぜ路上にゴミを放置する?

同調圧力が強い日本人

「日本人はキレイ好き」とよく聞きますよね。

でも、冒頭で挙げた渋谷ハロウィンのように、「日本人って本当にキレイ好きなのかな?」と疑ってしまう例も多々あるわけですよ。

結局、「みんながキレイに使っているところはキレイにする」といった意識が強いのだと思われます。

 

「バラバラスリッパ実験」

小学生の頃、トイレのスリッパを使ってある実験をしてみました。その実験に名前を付けるならば「バラバラスリッパ実験」とでも言いましょうか。

2つのトイレを使って行う実験でした。

①片方はトイレのスリッパを整頓して並べ、②もう片方は雑然と置く。そして、両方を定期的に点検するのです。今度は、同じ実験を①と②を入れ替えて実施します。

結果は一目瞭然です。一度整頓しておくと、スリッパは長い期間整頓されたままでした。

一方でスリッパをバラバラに置いたトイレでは、いつまでもスリッパの置き方が雑然とした状態。それどころか、初期状態よりもさらに汚くなることさえありました。

 

「キレイなところはキレイにしておくけれど、汚いところは汚くしてもいいと感じてしまう」

実験以来、「日本人はキレイ好き」との言葉は、半分正解で半分ウソだと思っています。実は、同調圧力が強いだけなのです。

 

イベントでのゴミの廃棄

話をイベントに戻しましょう。なぜ人は屋外イベントでゴミをポイ捨てしがちなのでしょうか。

結論から言うと、原因は「ゴミ捨て場の供給不足」です。

 

いくらイベント後にゴミが散乱すると言っても、なんでもないところにゴミが巻き散らかされていることはそうそう多くありません。

ゴミの山はゴミのあるところにできています。例えば、路上のゴミ捨て場・イベント時の臨時ゴミ捨て場の周りです。多くの場合、その周りにゴミの山が形成されるのです。

「キチンとゴミを捨てようとしている」わけですよ。「ゴミはゴミ箱に捨てるモノ」との意識は割と強いのだと考えられます。

 

しかし、現実問題、ゴミは溢れかえって大変なことになる。ゴミ箱に入らない分は周りに置く。分別などあるわけもない状態。

バラバラスリッパと同じです。「みんな捨ててるからいいじゃないか」みたいな判断を脳が勝手にしてしまうのでしょうね。

この状態に達した瞬間から、ポイ捨てが横行し始めます。

「だって、捨てる場所がないんだもん」

全ては「ゴミ捨て場が少ないから」「みんなが好き勝手に捨ててるから」起こるのかもしれません。

 

ゴミ捨て場を増やせば良い?

「ゴミ捨て場が足りなくてまちが汚れるのであれば、ゴミ捨て場を増やしたら良いのでは?」と考える方も多いはず。

残念ながら、現実はそんなに甘くありません。

現代の日本では、テロ攻撃を未然に防ぐために公共の場のゴミ捨て場を減らす動きが起こっています。駅や路上でゴミ箱を見る機会はめっきり少なくなりました。

 

イベント時も同様です。

「ゴミはなるべく持ち帰るように」とアナウンスされたり、街中のゴミ箱が撤去されたり、臨時のゴミ捨て場には監視係が配置されたり……とにかく異物の混入を警戒しているわけですね。

イベントには多くの人が集います。もしもイベント会場のゴミに爆弾が紛れ込んだならば、大勢の被害者が出てしまうことでしょう。

イベント後のゴミの大量ポイ捨ての究極の原因は、「物騒な世の中」にあるとも言えます。

 

社会の要請上、ゴミ捨て場を増やすことは現実的に不可能。では、どうすればゴミを減らすことができるのでしょうか。

 

考えられる解決策

①ゴミ袋を配布する

数少ないゴミ捨て場に無理矢理でもゴミを捨ててしまうのは、「持ち帰れないから」ですよね?

なぜ持ち帰れないのか。「自分の荷物が汚れる」といった理由が主に考えられます。

ソースのついた串や紙皿をポケットに入れたいですか?洗ってもいない空き缶をそのままカバンに入れたいですか?答えは否。入れられません。

 

ならば、最低限カバンに入れられるようにしてしまえば良い。

出店の屋台に紙やプラスチックのを常備し、食べ物や飲み物を買ってくれたお客さんに一枚一枚配ります「ゴミはこの中に入れて持ち帰るように」と一言添えて。袋に入れれば、少なくとも自分の荷物を汚すことはありません。

 

ただし、この方法には大きな問題があります。特にプラスチックの袋を用いる場合、地球にとって余計なゴミが更に増えることになってしまうのです。

「マイクロプラスチック」なる言葉を聞いたことはあるでしょうか。ポイ捨てされたプラスチックのゴミが時間をかけて細片になったモノです。

このマイクロプラスチック、あらゆる生命にとって有害とされています。誤ってマイクロプラスチックを食べてしまうと、消化されず体内に蓄積され、最悪の場合死に至る。

単にイベント後のゴミを減らす目的では「袋を配る」のはナイスアイディアだと思われます。しかし、長い目で地球の資源を考えたときには問題が多い策になってしまう……

 

②ボランティアに頼る

最初からポイ捨て自体の解決を諦めてしまう方法も考えられます。「片付け」を重視する作戦です。

ハロウィンごみゼロ大作戦 in 渋谷 2020 | オフィシャルサイト | SHIBUYA PRIDE SHIBUYA HALLOWEEN
ハロウィンごみゼロ大作戦 in 渋谷 実行委員会は、ハロウィンの翌日に、ボランティアで清掃活動を行う団体を応援するため、ごみ回収サポートや清掃用具の貸し出しを行います。学校やサークル、会社の仲間と一緒に、渋谷の街を歩きながら、気軽に清掃活動を始めてみませんか。

近年、ハロウィン翌朝の渋谷を清掃しているのはボランティアの集団だと聞きます。芸能人やYouTuberも多いとか。特に彼らは「ゴミを拾う」ことで、お金や人気を得ているとも言えるでしょう(直接的か間接的かは別として)。

ゴミを拾ってお金や人気が手に入るならば、一般人でもゴミを拾う人は増えるはず。どうにかしてそんな仕組みを作れたらいいのに。

 

ただし、この方法にも問題はあります。

まずは「ヤラセ」問題。

実際よりもゴミを多く見せるために家庭ごみを撒き散らかすなどしては本末転倒です。ゴミを増やしてはいけません。まちを汚すなって話ですもん。

 

そしてもう一つは、「ゴミを捨てる側が増長してしまう問題」です。

「ゴミ拾ってお金になるなら、俺らどんどん捨ててよくね?笑」

こんなヤツが出てきそう。これも、結果的にゴミを増やすことに繋がってしまいます。

(まあでも、ゴミ拾いでお金がもらえたら幸せだよなぁ……)

 

結論:ルールを厳しくするしかない?

イベントが終わったあとのゴミの問題。社会現象とも言えるこのトピックに対して、未だ何一つ有効な解決策が考えられてはいません。

「ゴミ捨て場を増やすのも無理、袋を配るのも環境的に厳しい、ボランティア頼みもなんだかんだゴミを増やしかねない……」

もう倫理観に訴えるのは無理です。ルールを厳しくしましょう。具体的には、ポイ捨てに対して罰金制度を設けましょう。もう空き容量がないゴミ箱にゴミを捨てたら罰金!にしましょう。

 

例えばシンガポールのまちには、「街中を汚さない」といった強いルールが存在します。破ればもちろん罰則がある。

シンガポールの罰金制度は厳しい!|ゴミのポイ捨てをすると罰金処分です
シンガポールの罰金制度は厳しく、ゴミのポイ捨てやチューインガムの持ち込み、電車内の飲食などでも罰金を取られる可能性があります。シンガポール旅行で警察に捕まらないために、罰金の対象になる行為についてまとめました!

するとどうでしょう。シンガポールに複数回訪れたことのある知人曰く、「街中の地面は日本よりもキレイだ」とのことでした。

 

「バラバラスリッパ実験」を思い出してみてください。きれいな状態を保てばきれいなままですが、汚い状態をデフォルトにしているともっと荒れていくのです。

この理論で行くと、単なるポイ捨てがスラム街の形成に繋がる可能性だって大いにあります。そればかりはどんな手を使ってでも防がねばなりません。

 

毎年、ハロウィンの翌日にはゴミで溢れ返る凄惨な街並みがTVで報道されます。それを見て心を痛める方も多いはずです。それでもゴミは減りません。一度ポイ捨てが始まると、負の連鎖が止まらなくなる。

心に訴えてもダメなら、制度で取り締まれば良いじゃない?イベント後のゴミが増え続けている日本社会では、強硬手段を取ることすら強ち間違いではないのかも。

いずれにせよ、罰則まで考えなければならない段階に到達していることを、我々は恥ずべきです。

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