関西から山陰へ
西日本、特に近畿地方の西部から中国・四国地方の南側(瀬戸内海側)を『山陽』と呼ぶのに対し、その反対側は『山陰』と呼ばれている。
都道府県で言うと、兵庫県北部から鳥取、島根、山口県北部のあたり。
古くから交通のメインルートとして栄えた山陽地方。一方で、山陰にはのどかなイメージがある。
ただし、重要な地域であることは間違いない。
古来より島根県出雲地域は「神の国」とされてきた。鳥取には西日本随一の観光地・鳥取砂丘、兵庫県北部には名だたる温泉地や漁港の数々。
山陰から大阪・神戸・京都に出て働いている人も多い。関西圏の文化や経済の一部は山陰の人々によって支えられているのだ。
不要?な特急「はまかぜ」
したがって、そんな関西と山陰を結ぶ鉄道路線・列車は意外なまでに多い。
例えば大阪から鳥取へ高速で走る特急「スーパーはくと」、
スーパーはくとのルート
大阪から最短距離で兵庫県北部地域へ向かう特急「こうのとり」などが挙げられよう。
こうのとりのルート
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しかし、こうした特急の中にも「それ需要あるの?」と思われるような列車が存在する。
まず大阪から姫路へ向かい、そこからようやく山越えを始め、最終的には城崎温泉・浜坂・鳥取を目指す特急「はまかぜ」だ。
はまかぜのルート
「はまかぜ」は、大阪始発の他の特急と比べて大きく遠回りルートを通る上に、目的地は他と被っている。
要は、大阪から鳥取に行くなら「スーパーはくと」のほうが速いし、城崎温泉に行くなら「こうのとり」のほうが速いのである。
こう言っちゃ失礼なのだけれども、一体、だれが利用するのだろうか?
そこでこの記事では、特急はまかぜ号の運行ルートと停車駅からその隠れた需要を探っていく。
運行ルートと停車駅
関西から城崎温泉・浜坂・鳥取方面へ向かう下りの「はまかぜ1号」で考えてみよう。
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起点駅の大阪を出ると、三ノ宮、神戸、明石、姫路といった東海道本線・山陽本線の主要駅に停車する。同区間を高速で駆け抜ける新快速電車と比べても停車駅は非常に少ない(が、最高速度は若干劣る)。
姫路からは進行方向が逆転し、のどかなローカル線である播但線(ばんたんせん)を往く。福崎、寺前、生野、竹田と停まり、和田山から山陰本線に合流。
そこから先八鹿、江原、豊岡、城崎温泉と停まるのは、同区間を走る他の特急列車「きのさき(京都始発)」や「こうのとり(新大阪始発福知山線経由)」とおそろいだ。
ただ、城崎温泉から先へ進む特急は「はまかぜ」のみ。リアス式海岸の合間を縫うように走り、竹野、香住、浜坂、岩美、そして終点の鳥取へ。
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読者のみなさんの正直な感想を推察するに、あまりにも知らない地名・駅名が多かったのではないか。
特に姫路から先については、生野銀山で有名な「生野」・竹田城跡で知られる「竹田」・全国有数の温泉地である「城崎温泉」を除くと、ほとんどが聞きなれない地名だったと思う。
「はまかぜ号はわざわざそんなマイナーな場所を通るために大きく遠回りしているのか……?」
そんなふうに思われても仕方がない。
ただし、我々が知らないだけで、『需要がない』とは言い切れないのも事実だ。
よし、実際に乗って検証するぞ。
特急「はまかぜ1号」に乗車
大阪9:38発の特急「はまかぜ1号」。この日は土曜日とあって「列車も混むだろう」と考えた筆者は、念の為指定席を取っておいた。
ところが、大阪駅を発車する時点では乗客が異様なまでに少なかった。数分前に出発した姫路方面に向かう新快速電車は、立ち客がかなり出るほどの混雑だったのに。
新快速は12両編成。一方でこちらの「はまかぜ」はたったの3両。それでもガラガラ。
「やっぱり需要なんてないのか」
と思っていた矢先、神戸・三ノ宮から大勢のお客さんが乗り込む。車内の座席は瞬く間に半分ほど埋まった。
年齢層は少し高め。いや、かなり高めと言ってもいいかもしれない。言ってしまえば高齢者が中心って感じ。
車窓に明石の海を望む
その後、明石ではそれほどの乗車がなかったものの、進行方向が変わる姫路ですべての座席が埋まってしまった(自分の隣だけ何故か空いていたけれど)。
大阪出発時点であれだけガラガラだった列車が、姫路で満席に。
つまり、ここから先は乗る人よりも降りる人の数のほうが多くなるわけだ。
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播但線に入っても、一向にお客さんの数は減らない。
山間を駆け抜ける
強いて言うならば、天空の城こと竹田城跡の最寄り駅・竹田で登山客が十数人降りた程度。
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列車は「ほぼ満席」のまま山陰本線に突入した。
すると、城崎温泉で予想外の出来事が。なんと、ほぼすべての乗客が降りてしまったのだ。
流石に驚いた。筆者の乗っていた2号車には、自分を除くと誰一人として乗っていない。他の号車も同様で、2人とか3人とか、とにかく少ない。
城崎温泉までほぼ満席だったはまかぜ号。その先の区間ではわずか数名……?
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筆者はこのとき、途中の香住駅で下車した。ほかにも、遠距離恋愛をしているらしき若い女性が一人降りていた。
香住駅のカニ
列車に残された乗客の数は、おそらく片手一本で数えられたはずだ。
下りはまかぜ号の「需要」を考察する
まずは「乗」客の流れから見ていこう。
大阪発車時点では非常に少なかった乗客数は、三ノ宮で一気に増え、姫路でついに満席に達した。
次に「降」客。
近年話題の竹田城目当ての観光客のほかは、ほとんどが城崎温泉で一気に降りていた。
これらの事実を運行ルートや停車駅の兼ね合いと併せて考えると、特急「はまかぜ」の特殊な需要が見えてくる。
要は、兵庫県南部の大都市から同県北部の観光地=城崎温泉へと向かう観光需要がメインなのだ。
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本来、大阪から城崎温泉へ向かう場合は直線距離の短い福知山線経由のルートを用いる(特急「こうのとり」が走っているのがそのルート)。
だけど、コレだと神戸や姫路に住んでいる人にとってはむしろ遠回り。しかも、大阪で乗り換えが必要になってしまう。
それなら、播但線を経由する「はまかぜ」のほうが便利になってくる。スピードはともかく、直線距離的には「はまかぜ」のほうが短いし、何より乗り換えが要らない。
少なくとも、下りの「はまかぜ」はラクに城崎温泉へ向かいたい兵庫県南部の人々の需要に支えられているらしい。
余談:なぜ大阪始発?
ここで、「お客さんが少ないのに、どうして大阪から出発するの?」との疑問が浮かぶ。
たしかに、乗客の流れからすれば三ノ宮あたりから運転するのが妥当なように思えてくる。
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まあ、実はスゴく単純な理由でこうなったのかもしれない。
特急の始発駅とするには、三ノ宮駅にホームが少なすぎるのだ。
三ノ宮駅の「のりば」の数は上下合わせて4つのみ。それに対して、大阪駅には(大阪環状線ののりばを除いて)7本も「のりば」がある。
三ノ宮には特急を長時間停めておくスペースはないけれど、大阪にはその余裕がある。
大阪始発としているのは、こうしたやむを得ない事情によると考えられる。
「都市バイアス」とローカル線
大阪に住む筆者にとって、特急「はまかぜ」はほぼ無用の列車である。山陰へ向かう他の特急と比べて大きく遠回りするために、余計な時間がかかるからだ。
大阪の人は、特急「はまかぜ」に対して「なんでわざわざ姫路まで行って播但線とかいうローカル線を経由するんだ?」と感じるだろう。なかでも過激な思想の持ち主ならば、「そもそも利用客の少ない播但線なんて必要なの?」と思うかもしれない。
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実際に乗ってみて、こうした考えが大きな間違いだとわかった。筆者は知らない間に「大阪バイアス」に掛かっていたらしい。
まず、大阪に住んでいると特急「はまかぜ」には乗らない。これは間違いない。
だからと言って、需要がないわけではなかった。
繰り返しになるが、特急「はまかぜ」は兵庫県南部の人々の需要に支えられている。大阪の人々から見れば大きな遠回りに見える播但線も、神戸や姫路の人から見れば直線ルート。
香住駅に停車するはまかぜ号(左)。需要過多のため6両編成に
大事なのは「場所と場所、人と人、モノとモノをどうつなぐか」である。
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播但線の需要についても同じだ。
たしかに、播但線内の各駅の利用客数はそう多くない。けれど、それだけで「不要」と言えるだろうか。
特急「はまかぜ」は、今日も播但線を通じて兵庫県の南北を結んでいる。播但線がなければ、県内の移動は難しい。
姫路からほぼ真北にのびているのが播但線。
かつて阪神淡路大震災で神戸近辺の鉄道路線が寸断された際、西日本各地と関西とを繋いだのは他ならぬ播但線(神戸を迂回するルートとして重宝された)だった。播但線がなければ、人・モノの移動が大きく制限されてしまっていた。
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いま、日本では在来線優等列車の統廃合や赤字ローカル線の存廃にかんする議論が盛んに行われている。
そういった議論で用いられるデータと言えば、もっぱら「各駅の利用客数」だ。一般的に、都市の駅は利用客数が多く利益を上げていて、地方の駅はその逆。都市バイアスで考えると、赤字の駅だらけのローカル線など要らないことになってしまう。
しかし、ここまで特急「はまかぜ」の運行ルートや停車駅からその需要を探ってみて、『各駅の利用客数』は意外とアテにならない数値だとわかった。
そう、大事なのは「場所と場所、人と人、モノとモノをどうつなぐか」である。
その列車が、その路線が、もしも無くなってしまったら。会いたくてもなかなか会えない人、行きたくてもなかなか行けない場所、運びたくてもなかなか運べないモノ、が出てくる。
都市のバイアスから解放されよう。そうでなければ、ローカル線の「真の需要」は見えてこない。
大阪人が乗らない特急「はまかぜ」が教えてくれたのは、とてもとても大事なことだった。
(コフンねこ)