【津田の松原】琴林と琴平。香川の「琴」にまつわる地名の共通点とは

文化

香川県さぬき市津田。

香川県東部のこのまちには、「津田の松原」と呼ばれる広大な松林と美しい砂浜が広がっている。そして、いつしかその松原と砂浜は併せて「琴林公園」と呼ばれるようになった。

もう一つ、香川県で「琴」がつく地名といえば香川県西部の琴平町が思い浮かぶ。あの金刀比羅宮がある信仰のまちだ。

「琴林」「琴平」。地名の生まれた時期も、お互いの距離も隔たっている両者。

しかし、この2つの「琴」には香川県民の美しい感性に由来する奇妙な共通点があった。

津田の松原=琴林公園の由来

まずは香川県の東側=東讃地域に位置する「津田の松原」こと琴林公園の名前の由来から。調べてみたらここの地名の由来がすごく面白くてびっくりしたので、詳しく知りたい方は是非個人でも調べてみてほしいです。

 

松原形成の理由

そもそも、津田の海岸線沿いに広大な松原が形成されたのは江戸時代初期のこと。

当時、この地に改めて神社が建立されたのがそのきっかけだった。

海の強い風から神社と集落を守る防風林・防砂林をつくるため、住民たちが自ら松の木を植えたのだという。

松の木の成長ってのはすごく早い。江戸時代のうちにすぐ、現在我々が見る松原とそう変わらない景色ができあがったのだろう。すると、風光明媚な場所として評判を集めるようになっていった。

 

「琴林」の名の誕生と儒学者

そして、「琴林」の名は既に江戸時代後期には存在していたらしい。江戸時代後期の京都の儒学者・皆川湛園と津田村の出身である安芸栄尚との会話の内容がそれを物語っている。

…(前略)…栄尚は、いや実は私の村の南方に八幡神社があるのですが、その東に長さ三里も続いた松原があるのです。前は海に臨んでその松の数は無慮数千株、どれもこれも皆珍しい形をしていて、おまけに白砂緑陰、それこそどんな絵もかなわないほどでございます。清風がこれに入れば琴を奏でるのにも似ています。それで琴林という名が付いています。…(後略)…

―――現地の看板より引用

松の木の針のように細い葉が風にたなびいてなる音がまるで琴のように聞こえたとな。なんと美しい例えだろうか。

この「琴林」の由来譚は、現在の琴林公園内に存在する巨大な石碑「琴林碑」に漢文で刻まれている。

そう、自分たちが自分たちの手で(なおかつ必要に迫られて)築いた松原が、いつの間にか景勝地となって人々に愛されることとなったわけだ。

個人の感想にはなるんだけど、このドラマチックな展開とどこまでも続く松原には「琴林」みたいな綺麗な名前がよく似合っているよなぁ……。

さぬき市「琴林公園」
地名の由来:松原に吹く風の音色が琴のように聞こえるから
地名の時期:遅くとも江戸時代後期(19世紀初頭)

 

金刀比羅=琴平の由来

次に、香川県西部のまち・琴平の地名の由来をみていく。ただし、琴平の場合はこんぴら信仰の兼ね合いからか地名の由来については複数の説が見受けられました。そのため、本記事の内容は筆者独自の見解に基づくものと考えていただきたいです。

 

インドの神「宮毘羅」と「金刀比羅=琴平」

琴平町といえば「金刀比羅宮」

“こんぴらさん”の愛称で知られるこの神社の本来の祭神は「金毘羅神」と呼ばれる独自の神だ。

もとは「宮毘羅(インドでは“クンピーラ”)」と呼ばれるワニの姿をしたインドの神様のことで、日本で神仏習合を果たした末に金刀比羅宮で祀られることになったらしい。

その歴史は古く奈良時代の直前からであるとの説も。

こうしたことから、一般に「金刀比羅」「金毘羅」といった地名はこの「宮毘羅」と呼ばれる異界の神の名からきているとされる。

 

なぜ「琴平」と呼ばれるのか

その一方で、楽器の「琴」の名がつく「琴平」の地名の歴史も同じく奈良時代直前(大宝年間)に遡る。

「琴平」と書くほうの地名の場合、由来は神様ではなく情景。一説によると、「金刀比羅宮の鎮座する山・象頭山の松林に風が吹き抜ける音が琴の音色に似ている」がゆえに「琴平」と呼ばれるようになったらしい。

すると、現在「ことひら」と呼ばれる地域の地名には、神様の名楽器の名2つの由来が存在していることになる。いわば相互に矛盾が生じている状態。めっちゃ不思議。

 

これには2つの理由が考えられる。

・インドの神の名が由来の「金刀比羅」「金毘羅」の地名が先に存在して、その後に当て字の形で「琴平」と呼ばれるようになったとの説(=当て字説)。
・楽器の「琴」が由来の「琴平」が先に存在して、その後に宮毘羅信仰と「琴平」が融合する形で「金刀比羅」「金毘羅」と呼ばれるようになったとの説(=合体説)。

どちらが正しいのか、この場では断言を避けさせてください(わからないので……)。

 

いずれにせよ、「琴平」と書くほうの地名の由来は松林にある。つまり、香川県の西部でも松に吹く風の音色を楽器の「琴」に例える感覚があったわけだ。なお、その美的センスは奈良時代以前にまで遡る可能性も。すごいなぁ。

琴平町「琴平」
地名の由来:金刀比羅宮の山・象頭山の松原に吹く風の音色が琴のように聞こえる
地名の時期:不明。伝承によると奈良時代直前(大宝年間)

 

讃岐の風土に吹く「琴」の風

香川県東部の「琴林」と同県西部の「琴平」。地名が生まれた時期は、前者が江戸時代後期で後者が古くて奈良時代のちょい前

両者の位置も、それからその地名が生まれた時期も全く違う。

なのに、この2つの地名は「松林に吹く風の音色が琴に似ている」という共通のルーツを持っている。

ここから導き出されるのは、時代や場所を超えて香川の人々に備わる美的センスだ。

美しい松の林とそこに吹く風を楽器の「琴」に例える。誤解を恐れずに言えば、多県民にはなかなかできない芸当であると思う。

なぜか香川と言えば「うどん」ばかりが取り上げられがちだ。しかも、県を挙げてうどんを猛プッシュしている。

いや、でも。この「琴」のつく地名の調査を通して、うどんだけで香川は語れないなと思った。掘り下げてみればかなりの量と質を伴う魅力が、香川にはある。

 

津田出身の友人の起業に添えて。

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この記事を書いた人
コフンねこ

大阪在住の大学生。Our Local編集長・ライター・Web企画。古墳が大好きで、話し出すと止まらない。普段は魚を捌いたりラーメンを作ったりしている。お仕事依頼はTwitterのDMまたはkofun.neko@ourlocal-labo.comへ!

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