前方後円墳の形に模られたご飯。ピリ辛のカレーにほんのりイチジクが香る。
この見た目にも味にも個性のある「古墳カレー」を提供しているのは、大阪府堺市『喫茶 花茶碗』さんだ。
世界遺産・百舌鳥古墳群エリア内に位置するこのお店では、約10年も前から「古墳カレー」を看板商品としている。
麗子さん「始めたときはこんなふうになるとは思わへんかってんけどな」
名物店主の麗子さんは語る。細々と始めた「古墳カレー」は今や観光客に大ウケで、連日長い行列ができるそうだ。
多くの人が古墳カレーを目当てにやってくる。うれしい反面、問題もあると言う。
小さな店に押し寄せる
麗子さん「お兄さん、今日来てよかったわ。いつもはこんな落ち着いてることないからな」
カレーを待っていると、麗子さんが優しく語りかけてくれた。取材に訪れたこの日、大阪は激しい雨風に見舞われていた。こんな日に古墳を訪れる人は少ない。
麗子さん「晴れてる日なんか外に50人以上並ぶねん。基本は私ひとりでやってるからな、50人もおったら大変やで。こんな小さい店やのに」
麗子さんが語るとおり、『喫茶 花茶碗』はそれほど大きな店ではない。
小さなカウンターと2つの座敷だけ。麗子さんがおひとりで切り盛りできるちょうどいい規模感なのだ。
したがって、逆に世界遺産登録に前後して急激に増えた大量のお客さんを捌くのは難しい。
麗子さん「ずっと私一人でやってきとってん。それで十分やったもん。でも、ここ最近世界遺産やなんや言うてものすごい数の人が来るやろ?正直大変よ」
変わってしまった客層
変わったのは訪れる人の数だけではない。客層にも大きな変化が表れている。
ほんの少し前までは、麗子さんの人柄に魅かれた地元の方々と、古墳を観光しに堺を訪れるマニアックな方々が多かった。
だが今は違う。
麗子さん「この店、最近はテレビにもよう出るやろ?そうするとな、取材に来た芸能人やらなんやらのファンがな、『○○さんはどこに座ってましたか、私たちもそこに座りたいんです』とか言ってきよんねん」
ここ最近はお店の規模に対して客数が多い状況である。当然席に余裕はない。にもかかわらず、「あの人と同じ席」を求めて頑なに譲らない人がいる……。
店舗のノートには様々なお客さんからのコメントが。
麗子さん「正直、あんまり熱狂的過ぎる人らには困ってるわ」
インバウンド層とのコミュニケーション
客層の変化という意味では、外国人観光客の増加も見過ごせない。
麗子さん「私英語わかれへんからな、うまくコミュニケーションとれなくて申し訳ないときがあんねん」
たしかに、店内に他言語での説明は多くない。
この日も、筆者に続いて入ってきたのは中国人の家族連れだった。麗子さんはジェスチャーとわかりやすい日本語で対応するも、その方々には少し難解な様子。ほんの少し助け船を出させていただいた。
麗子さん「ほんまにありがとうな、私ももっとうまくできたらいいねんけどな」
しばらくして、中国からの家族連れのお客さんにも「古墳カレー」が提供された。麗子さんは、驚きと笑顔の表情を浮かべるインバウンドのお客さんを温かく見つめる。
最後にはその家族連れからのお願いで麗子さんを囲っての家族記念写真を撮った。
古墳カレーは人々をつなぐ世界共通の言語なのだ。
ただ、これはあくまで筆者の感想なのだけれど、言葉が通じない状況が続いたら疲れてしまうこともあろう。
調べてみると、海外のグルメサイトでも「古墳カレー」は話題らしい。それゆえ、花茶碗さんを訪れる外国人客はこれからも間違いなく増加する。
なんとかサポートできないモノだろうか。
世界へ 皆なの宝もの
麗子さん「兄ちゃんこれも写真撮らへん?」
見せてくださったのは、ご飯の「型」。
日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵古墳(大山古墳)」をイメージして作った陶器製の型は『花茶碗』さんの完全オリジナルである。
表面には「世界へ 皆なの宝もの」の文が。
仁徳天皇陵古墳(大山古墳)は、その全長で世界一のお墓とされている。そして、その古墳を模したカレーも、ここでしか食べられないオンリーワンでナンバーワン。
言わずもがな、「古墳カレー」は百舌鳥古墳群の貴重な観光資源である。だからと言って観光活用ばかり考えていては店主・麗子さんの大きな負担になってしまう。
「お客さんがたくさん来ればそのぶん儲かるからいいじゃないか」
と、思うかもしれないが、そんなに単純な話ではない。受け入れる側にもさまざま都合があるわけだから。
突如観光地と化した住宅地の中の古墳群。観光開発の良い影響だけではなく、悪い影響にも目を向けなければならない。
麗子さんはじめ地元住民の方々は、古墳が世界に認められること自体を大きく歓迎している。
その一方で、様々な問題に直面しているのだ。
これまでメディアや行政は「古墳」を好意的に取り上げるばかりで、麗子さんが抱いているような地元の悩みに目を向けることは少なかった。
そして、地元の人々はメディアや行政のそういった『ご都合主義』の部分を残念に思っているのではないか。
筆者はそこを掘り下げたい。こうして記事にして、多くの人に知ってもらいたい。
世界遺産登録は別に良いことばかりではないんだよ、と。
そして近いうちに、地域の方々をサポートできるような活動を始めたいと考えている。
(コフンねこ)