愛知・岡崎の謎古墳=甲山1号墳に秘められた「道」「鬼門」の歴史

古墳と○○
この記事には、ある土地を指して『縁起が悪い』とする箇所があります。しかし、それは昔の人の見解を示すための表現です。この記事には決して当地に居住する人々を貶める意図はありません(コフンねこ)。
また、本記事の内容は歴史学・考古学といった学問の手続きに正式な形で則ったモノではありません。あくまで「こういう考え方もあるよ」です。読み物として扱っていただければと思います。

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愛知県岡崎市。

岡崎城

徳川家康出生の地として、また「八丁味噌」の生産地として有名なまち。

徳川家康の仕掛け時計(左)、八丁味噌の蔵のようす(右)

「岡崎を案内していただけませんか?できれば古墳も見たいです」

そんな一言がきっかけで、筆者は岡崎を訪ねることになった。もちろん、古墳も。

オカザえもん

探索した結果わかったのは、岡崎に眠る「徳川家康以前」のカルチャーの奥深さだった。

八丁味噌はなぜ“八丁”か

「え、古墳の話なのにどうしてお味噌から入るの?」

 

すみません、多分関係あるのでとりあえず読んでもらえませんか。古墳はもう少しあとにちゃんと出てくるので。

 

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それはそうと、コク旨味がスゴくて、愛知県民がみんな大好きなお味噌。それが『八丁味噌』だ。

八丁味噌は色の分類でいうと「赤味噌」、材料の分類でいうと「豆味噌」にあたる。

同じようなお味噌は愛知県はじめ東海地方の各地で作られているんだけども。『八丁味噌』と名乗って良いのは岡崎市内の2つの味噌蔵のお味噌だけなんだな。

岡崎市『まるや』さんの味噌蔵の様子。木桶が立ち並ぶ。

理由はシンプル。『八丁』が岡崎市内の町名だから。

『丁』は距離を表していて、岡崎城からちょうど八丁のところで作っているから『八丁味噌』なのである。

 

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ここで注目したいのは、岡崎城からの距離でもって町名が割り付けられていることだ。

現在では『七丁』とか『三丁』のような町名はどうも存在していないらしい。ただ、普通の町名であっても、岡崎城からの距離に応じて割り振られたものであることは想像できる。

実際に地図を眺めてみると、「とある道路」と「とある道路」で囲まれた一つのブロック『〇〇町』と呼んでいるようだった。

「道」を境に町名が変わる。

(これ案外、説明するのが難しいな。)

たしかに「町名」は岡崎城からの距離に応じて割り振られている(らしい)。しかしながら、その「町」の区画「道」によってなされている。

「距離」「道」とでは、異なる基準といえば異なる基準だし……?

 

これには二つの可能性があるのよ。

一つは「道」「町」も両方岡崎城からの距離が基準になっている可能性。

もう一つは「道」と「町」が全く別の基準で整備された可能性。

果たしてどちらなのか?

 

その謎を探る鍵が「古墳」にあった。

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