私たちの「卒論」、コロナ禍でどうなっちゃうの!?~文系編~

インタビュー

終息しても「予定通り」にはならない

失われた時間は帰ってこない

2020年6月現在、一部地域を除く全国各地で新型コロナウイルスの感染拡大が抑制傾向にあります。第2波への恐怖は未だ続いているものの、一方でさまざまな「自粛要請」が緩和され少しずつ出口が見えてきた感はあります。

大学の場合も同様です。地域の実情に応じた条件こそあるものの、全国各地の大学で入構制限の解除対面授業の再開に至っていると聞きます。これでやっと、卒業論文とまともに向き合うことができそうです。

 

しかしながら、失われた時間は帰ってきません。

 

少なくとも自分の場合、3月~5月にかけて卒業論文のための研究をガンガン進める予定でした。でも、それができなかった。

残された時間は限られています。もはや予定通りの調査・研究を進めることは不可能です。だから、諸先輩方と同じようなクオリティの卒論なんて書けるわけがありません。

 

卒論以外にもやることはいっぱい

大学4年生の1年間といえば、人生の進路を決める重要な時期でもあります。例えば就職活動・大学院進学などです。

特に今年度の就活は厳しいですよね(ぼくは就活してませんけど……)。企業の採用活動の延期・中止や採用人数の削減などが既に行われていて、今年度の就活生が使うエネルギーの量は相当なものと思われます。

加えて、お金がない。バイト先が休業するなどして、予定通りの金額が稼げていない大学生は全国にたくさんいます(もちろんぼくもその一人です)。

本来であれば学費・生活費・就活費用・進学費用に使うはずだったお金が手元にない。そういった学生にとっては、早くバイトをしたいのが本音です。

つまり、仮に新型コロナウイルスの騒動が収束したとしても、卒業論文への取り組みはだいぶ後回しになってしまうのです。

卒論頑張りたかったけど、残された期間で何ができるかな……。

 

学問の世界にも混乱が

Fくんが指摘した通り、卒業論文が思うように書けない状況は、学問の世界にとっても大ダメージになります。

「たかが学生の卒業論文ごときで……」と思う方もいらっしゃるはず。でも実は、学生の卒業論文だって専門の研究者が新たな知識を得るためのツールとして活用されていますし、そもそも卒論は将来の研究者を志す若者にとっての第一歩でもあるんです。

そう、コロナ禍の影響で卒論が未熟になると、学問の発展が遅れていく……!(ちょっと言い過ぎかもしれませんけど……)

近年、今回取り上げたような文系の学問厳しい状況に立たされています。「文系不要論」なんて言葉に代表されるように、世間の目、政府の目がすごくキツイんです。

だからこそ、文系の学問はそれぞれ継続的に一定の成果を出す必要がある。でも、学生をはじめ大勢の人の研究が滞っている。すると最悪の場合、将来は文系の学問自体が日本から消えるかも……?

少なくともぼくは、文系の学問について「日々の生活や非日常の文化・芸術の基礎となる重要なモノ」と考えています。

だから、この状況はまずいなあって思うんです。エゴと言われても仕方ないんですけど、自分の愛した学問にはいつまでも生き残っていてほしいですから……。

 

追い詰められている学生に「優しい目」を

ぼくを含む三人の「卒論が書けない!」悩みやその他問題点を総合すると、とにかくいろいろヤバイことがわかってきました。

大学生のなかには、退学を検討するほど困窮している方もいると聞いています。そういう方々にとってはもはや卒論どころではないわけで、自分の卒論の進捗に対する悩みなんてちっぽけなものです。

しかしながら、小・中・高・大のすべての学生の「学ぶ権利」がいま一様に脅かされているのは間違いありません。

問題に大小はあるものの、全国の学生はいま困っています。お金をくれ、支援をしろとは言いませんが、せめて優しい目を向けてほしいです。

ヤフコメやTwitterに「大学生は勉強なんかしなくていいんだろ?」といった書き込みがあるのを見ると、悲しくなってしまうので。

インタビュー
この記事を書いた人
コフンねこ

大阪在住の大学生。Our Local編集長・ライター・Web企画。古墳が大好きで、話し出すと止まらない。普段は魚を捌いたりラーメンを作ったりしている。お仕事依頼はTwitterのDMまたはkofun.neko@ourlocal-labo.comへ!

コフンねこをフォローする
コフンねこをフォローする
ゆるゆる地方研究メディア|Our Local
タイトルとURLをコピーしました